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成功への道
スポーツ・トレーナーの実績を患者施術に活かす
茨城・まつもと接骨院院長 松本 宗三氏
松本氏は、自身の柔道選手時代を振り返り、試合のときに 「こういう人がいればよかったな」 「こうしてほしかったな」 という気持ちを思い起こしながらトレーナー業務を進めてきました。

スポーツ・トレーナーとして


 平成17年の9月8日〜11日の間、柔道の世界選手権がエジプトのカイロ・スタジアムで開催され、この時日本は金メダル3、銀5、銅3で総数11のトップでした。中でも男子90キロ級でアテネ五輪銀メダルの泉浩選手の金メダルは圧巻でした。初出場の泉選手が、韓国の黄禧太選手との3回戦で右腕の靭帯を負傷しながらも、決勝戦では見事一本勝ちして優勝したことは記憶に新しいところです。

 柔道整復師・松本宗三氏は茨城・龍ヶ崎市 (まつもと接骨院) と東京・中野区 (松本接骨院) を開業する傍ら、柔道選手のスポーツ・トレーナーとして活躍されています。
 また柔道だけでなく他にも、サッカー選手、野球選手などの治療にもあたられています。
 とくに柔道では、名門・世田谷学園 (東京・世田谷区)、 母校の流通経済大学 (茨城・龍ヶ崎市) の専属トレーナーとして活躍されています。

 泉選手が松本氏と出会ったのは、この世田谷学園柔道部の選手達が寝食を共にしている私塾、講道学舎でした。この時の世界選手権にも泉選手、男子100キロ超級で銀メダルを獲得した棟田康幸選手らのトレーナーとして同行していました。
 試合中に肘の靭帯を伸ばしてしまった泉選手が、金メダルを取ることができたその影には、トレーナーとして同行した松本氏の努力が貢献したに違いありません。


きっかけは柔道


 帝京医専を平成11年に卒業した後、松本氏は6店舗を経営する接骨院グループに就職しました。1年後にはその中の1店舗の分院長となったのです。当然そこには店舗間の競争があるので、 「1番になりたい」 と努力し、売り上げにも貢献しました。その後は、 「整形に就職して、ゆくゆくは実家の広島にでも帰って開業」 などといった青写真を描いていました。

 しかし、松本氏は、平成14年に東京・中野区で 「松本接骨院」 を開業しました。当初は4人でのスタートでした。平均的に高齢者が多いごく普通の接骨院です。
 ところが、あるきっかけから名門・世田谷学園柔道部のトレーナーとして活動するようになりました。自身も柔道選手として活躍した経験があり、それを元に柔道部監督の持田治也氏が 「世田谷学園の柔道部は全部任せる」 と推薦してくれたのです。
 その当時から活躍していた世田谷学園柔道部出身の棟田康幸、泉浩といった一流柔道選手などをみることになりました。3年後、その実績を買われ、母校の流通経済大学・柔道部でもトレーナーとして請われました。

 同大学は茨城県龍ヶ崎市にあり、後輩たちが休日をつぶして東京まで治療を受けに来るようになったのですが、何しろ1時間半はかかります。立ち上げからのスタッフが育ってきたこともあり、後輩たちのために龍ヶ崎市でもう1店舗出店しようということになりました。
 こうして立ち上がった龍ヶ崎市の 「まつもと接骨院」 は、3人からのスタートでした。この院は現在、中年層と小学生から大学生が中心で、高齢者はあまりいません。

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